ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

現象環境:感覚と普遍の言葉

catsdoodle


痛みは
私だけのものらしい


他人の痛みは
頭で想像はできても
それを知覚できない


自分の痛みだけが
私が知覚できる痛みだ


このように
痛みは
普遍的なものではなく
個人的な感覚だ


もっと言えば
独我論的感覚だ


痛みに苛まれている時
私の意識の全てが痛みとなる


この全である痛みが
他人には無であるのだから
自分と他人の間には大きな隔たりがある


この隔たりをなくして
すべての人の痛みを感じられれば
いつでもどこでも痛み続けなければならなくなるので
やはり
自分と他人の間には隔たりが必要だ


そして
この隔たりを超えて
言葉が行き交う


言葉で表現された痛みが
普遍の痛みとして
あるいはまた
世代を超えた現象として
承継されて来た


これからも
痛みではない痛みとして
普遍な存在として承継されてゆくのだろう

ありがとうございました

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