ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

生命と反応:反応と刺激の蜜月の中で


反応は
刺激があると動き始める仕掛けにより
実践される


そこで
「どの様な刺激が反応を惹起するのか?」
という視点が
反応の本質一つとして気になってくる


そして
より強い刺激として反応を惹起する刺激が
本物の刺激として脚光を浴びることになる


「美とは何か?」という問いも
刺激を表情する視点で語られることが多いのだろう


「美」を時代から時代へと運んでいるのは
刺激の側ではなく
反応の側であることを忘れると
絶対的な刺激を求める変な議論に発展してしまうから
注意が必要だ


刺激に強弱がある様に
反応する側にも
敏感である状態も
鈍感である状態もある
だから
反応のしやすさを思考の外において
刺激の強弱ばかり議論していると
現実的に許容されにくい局面が多々顕われる


見慣れたもの
聞きなれたもの
には
目新しいものに比べて
大げさに反応できなくなる


見慣れないもの
聞きなれないもの
には
大いに興味を引き付ける可能性と共に
大げさな拒否反応も引き起こす可能性が満ちている


以前あれほど好きだったものが
色あせてしまうことがある


反応と刺激が
何時までも蜜月の関係に在れば
美も
愛も
永遠なものになるのだろう


私の心臓と肝臓の蜜月の関係にも
やがてひびが入り
互いの反応が悪くなり
病気と診断され
いよいよ蜜月関係が終焉する時がやってくるのだろう


名画や
美しい物語は
物質としては死んでいるのだろうが
反応を惹起する刺激としては
蜜月の中で
生き続けているということなのだろう

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