ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

命とお金を天秤にかけてはいけないという偏見


どこかは忘れてしまったけれど
未開の国を旅した知人が
「あの国では
 お金を払えば
 人の心臓も食べられる」
と話してくれた


ほんとかどうかはともかく
考えたこともないことを
考えさせられ、驚いた


「人身売買」というのもはばかられるのに
「人身を食材」として売買するとは
考えもしていなかったからだ


命はお金には代えられない尊いもので
命とお金を天秤にかけてはいけない
しかし
現実にで
命とお金が天秤にかけることもあるらしい
場合によっては
天秤にかけざるを得ない場合もあるのだろう


命とお金を天秤にかけてはいけない
こんな当たり前のことも
きれいごとでしかなかったのか、と衝撃を受けた


命の維持にはお金がかかる


ことに
現在社会では当たり前のことになっている


非常に高額な医療費により
維持している命もあれば
経済的余裕がないために
命を落とす人もいる


「お金より命が大事である」
この偏見に酬いるために
身を粉にして働いてお金を貯める


極端な場合
健康を害してでも働き稼ぐ
それが現実だ


偏見は
別の偏見により
調和の道を探らなければならない


社会に流布している偏見に
背を向けてしまうことがある


時に泣きながら
時に怒りながら
苦渋の決断により
背を向けてしまうことがある


そんな
偏見に背いた個人に対して
容赦ないバッシングを浴びせることができるのは
その偏見を大事にしている人々だ


ただ一つの偏見で
バッシングをし
ハラスメントを加えることは
いたって単純でわかりやすく
子供でもできてしまう


様々な偏見の複合体の中で動いている現実
これを無視して
さも
特定の偏見のみから
現実ができているかのような思考が闊歩する


人の心臓や
人の心が
売り買いされるのは
このような
偏見の単純化の仕業があってこそなのだろう


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メモ


道路わきに
心なく捨てられたたばこの吸い殻から
唾液を採取してDNAを解析し
煙草を捨てた犯人のモンタージュをつくれるという


出生前遺伝子診断の技術が進歩してきている


論理的には
出生前に
この赤ちゃんが二十歳になるころの
容姿を診断できるということのようだ


未来社会で
このような技術が発達し普及し
世の中に美男美女が溢れる時代が来るかもしれない


そんな世で
このような趨勢に反対して
出生前遺伝子診断を受けず
それほど容姿に恵まれない子供が生まれたとする


その子に
「なんでこんな私を生んだの?
 周りの子はみんな
 ちゃんと診断を受け
 きれいに生まれてきたのに
 なんでわたしだけ、、、」
このように言われた時
当たり前になった偏見に抗することの
難しさを感じることになるのだろう


自分の偏見を守り抜くことは
身分の関係する人にも
理解されなければ
平穏ではいられない


多かれ少なかれ
偏見はぶつかり合う


しかし
偏見は擁護し合うこともできる


偏見を孤立させず
沢山の偏見を持ち
その対立と調和の中で
柔軟に思考したいものである


そうでなければ
現実から
思考が
ますます遠ざかる


現実には不都合の存在するのだ
都合の良い思考は
ひつの偏見にすぎない


こう思っていたほうが
よいのだろう


いつにもまして
混乱した文章になってしまった


暑い夏です

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