ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

理性的に生るということ


選挙のたびに思うことがある


政治と関係あってもなくても
主義主張や理屈が一致してもしなくても
自分を守ってくれる人が好きだ


ねじ曲がっていて
客観的に見れば
どうしようもない屁理屈でも
それが自分を守ってくれるものならば
応援するし
とても筋が通った立派な理屈でも
じぶんが貶められそうな理屈は
好きになれない


そんな保身に動いていても
それを正直に白状したくない


他者の保身は見苦しいからだ


保身はしたいがそれを隠したい


この二項対立を解消すべく
様々な理屈が浮かんではまた消えてゆく


この繰り返しの中で
ぼんやりとした
全体としてあるべき姿が
妥協的に生み出される


神様がいれば
こんなボヤっとしたものなのだろう


神様が
こんな妥協の産物ならば
色々な神様がいて
それぞれに個性的になってしまうだろう


しかし
それが絶対性の権威の中で磨かれて
光り輝き
唯一のものとして崇められてゆけば
微動だにしない偉大な神様になれるのだろう


そんなころには
個人の保身は神様の前で慎ま中ればならないものになるのだろう


それでも
神様の背景には
そんな個人の保身が群れを成して控えている


だから
個人の保身にかなわぬ神様は
あまり人気がなくなる


通じない言葉を覚えるよりも
みんなが話しよく通じる言葉を覚えた方が
個人の保身にかなうように
神様も
みんなと同じが都合がいい


してみると
みんなと同じようにすることが
言語的にも宗教的にも
適応的な戦略だ


この戦略に気づき
これを実践する英知も理性であり
この理性が
右へ倣えを実践させてくれている


周りを見てそれをまねながら姑息に生きる


これも立派な理性的な営みだ


選挙のたびに思うことがある


当選しそうな人を聞きたくなる衝動に駆られるのは
なぜだろう?


それを知り
私は何をしたいのだろう

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