ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

正誤判断:正しさの競争


風呂桶に浸かり
ちょろちょろとお湯を垂らすと
垂れたところに泡が生まれる


お湯に空気が混じり
次々と泡ができ
しばらくお湯の表面を流れた後
ぱっと消えてしまう


泡は物質ではなく
物質の状態だ


状態なので
生まれたり消えたりする


地球も
物質ではあるけれど
惑星という状態だ


いずれ泡のように消えてゆくのだろう


命も状態だ


私も泡のように
生まれてきて
地球の上を歩き回り
そのうちに消えてゆくのだろう


そんな私の意識の中にも
いくつもの泡が生まれては消えてゆく
様々な「正しさ」という泡だ


この「正しさ」泡を現実に落とし込むと
すぐに消えてしまうこともあれば
しばらく流れてゆくこともある


現実は
さまざまな命が
さまざまな「正しさ」を落とし込み
競合している場所だ


そして
実践を通じて競争し
生き残った正しさが留まる場所が現実だ


その正しさを
吸い込みながら
命は現実の中で生きてゆかなければ
その命の「正しさ」は否定されてしまう


生存競争とは
現実の中で正しさを競っていることだ


現実という場の中で
個々の生き物が持つ幻想としての「正しさ」が
淘汰選択されている


このような競争の場で
利己を実現するための仲間を作るために
利他が生まれ発展してきた


この結果として
利他により
利己の剣をすこし丸め
現実において有利な立場を形成している


だから
現実の中の正しさには
嘘が入り込む


その嘘を暴いて
利己を際立たせるのも
また
現実の場の営みだ


このようにして
現実の上に
さまざまな「正しさ」が注がれ続け
さまざまな泡が生まれては
また
消えてゆく


現実が
注ぎ込まれる幻想としての正しさを
現実の立場で淘汰選択しているのだ


「正しさ」が注がれなければ
現実も
波もない穏やかで静かな水面になるのだろう

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