ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

思考と実体:大乗仏教から小乗仏教への回心


排便とか排尿は
蔑まれているのではないだろうか
排便や排尿をするときには
人様の目を避けなければならないらしい


そんなことだから
日に数回
個室にこもり黙想することになる


集団から離れ
一人に戻る時である


周囲の人々にあわせて
自分を脚色していた疲れや嫌悪が
ため息とともに漏れたりする


このため息に
大乗仏教から小乗仏教への回心という実体が現れる


なぜ排便しなければならないのだろう?


なぜ排尿しなければならないだろう?


なぜため息をつかなければならないだろう?


私の意思により
片が付く問題ではない


だから
幾たびも黙想できる問題であり
黙想しなければどこか不完全に思えてならない


しかし
解る必要もない問題でもあるのだろう


雨は
上から下へ降り落ちなければならない
などと
不要なことなど考えもせず
万有引力の法則に従い
しとやかに
あるいは
激しく天から降り注ぐ


雨は
天のにとって
排尿であり排便であり
風は
天のため息であるのかもしれない


排便も排尿も
法則に従っているだけである


蔑まれる理由も
本当はないに違いない


ただ
蔑まれているから
蔑まなければならないだろう


そういう蔑みの法則があるらしい

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