ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

モードな世界


何のために生きているかを
自分だけで決めて生きてゆくのは
つらいことだ


だから
自分ではない何かに振り回され
それに夢中になっていると気が楽だ


そう
誰かが
何かの刺激を与えて続けてくれて
それに
いつまでも夢中になれていれば幸せだ


でも
その誰かの刺激が弱くなってしまうことがある
そうすると
さびしくなり
ペットでもなんでもいいから
刺激がほしくなったりする


猫の手を借りて
その刺激に振り回されることになれば
再び幸せも訪れてくれるのだ


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メモ


たくさんの刺激に囲まれると
時間が足りなくなる
だから
さみしさを埋めるために自分勝手に手に入れた刺激すら
手放したくなる時が来たりする
もっと新しく魅力的な刺激が現れたような時が
その時だ
そんな時
私のそんな邪悪な心を抑え
自己犠牲の精神で
もはや手放してしまいたい刺激を
受け入れ続けることができるだろうか?


ペットは
かわいいだけではない
手がかかる
病気もする
お金もかかる
自己犠牲をわたしはどれほど
払い続けてゆけるだろうか?


様々なものに魅せられて
人生のお荷物が増えてゆく
・・・重い
それでもまた
なにかに魅せられて
お荷物を増やしゆく


すべてをおろし終えるその時まで
このようなことを繰り返してゆくのだろう



本が刺激となり
知識が知識を呼んでゆく
しかし
知識も積もれば重くなる


捨てたくもなるが
惜しくもあり
クローゼットの中の洋服のように
今となっても着合わせることができないような
昔のモードな思考すら
まだ使おうと思えば使えるのだろうなどと
頭の隅に保存しておく


哲学もそんな
とてもモードな存在らしい


刺激が刺激を産み
消費が消費を加速させ
現代社会は動いているようだ


のんびり生きようと思えば
どこか後ろめたさを感じてしまう
そんな忙しいモードな世界だ

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