ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

倫理学と経済学


善と悪は
人間の間の調整にかかわる意識と考えられる


調整という事になると
当然に
善悪をその対象だけから
判断しきれない
対象を取り巻く状況が
善悪を決めることがよくあるからだ


たとえば
ブレーキは善か悪か?
アクセルはどうかだろうか?


状況により
善悪の判断が変わるから
調整するという機能に通じる


ホルモンが多く出たり少なくなったり
自律神経が興奮したり収まったりしながら
身体が調整されているよう


このように
さまざまな善悪の意識が
強調されたり
無視されたりしながら
人と人の間の距離感が維持されている


マクロ経済と
ミクロ経済がある


倫理も
ミクロ倫理ばかりではなく
マクロ倫理を
考えても良いだろう


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メモ


アダム・スミスの「神の手」は
経済市場だけでなく
倫理市場のバランスもとっている


しかし
好景気と不景気の波ができるように
好戦的と平和的の波ができるから
ケインズが主張したように
景気を先導するような政策が
倫理市場でも必要となり
これをコントロールするような
大々的な扇動が必要とさてくるのだろう


殊に
分断されていた世界が
統合されてゆくときの
異文化間の調整は重要だ
「神の手」だけでは
友好的な意識と
好戦的な意識が
共に大きく誇張されやすい時期だからだ


こんな世に
なにか大きな調整する力が
文化の融合の近道になるのだろう
ただ
大きな力は
社会の分断にも寄与しうる力である
どちらに転ぶのか
それを調整する力が試される

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