ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

「べき」の彩に満ちたありふれた日常


今置かれている環境に馴染んでいる
・・・という事はどういう状態だろう


あるもの

あるべきもの


この「べき」のあるなしから考えてみる


馴染んでいる状況とは、、、
あるべきものを探すと
あるべきものをすぐに探せる
そんな状態だ


さらに慣れてくると
あるべきものだけを探せば事足りて
あるものをすべて把握しようとしなくなる


あるものを見ず
あるべきものしか見ない状態だ


「あるもの」は実践世界の存在であり
「あるべきもの」は思考世界の存在だ


思考世界では「あるもの」の把握に努め
実践世界では「あるべきもの」以外の排除に努め
「あるもの」と「あるべきもの」の間に
調和がはかられる


だから馴染んだ世界では
思考と実践の一致が進み
「あるべき」で修飾された「あるもの」たちが
世界を覆うことになる


素直に無為自然に「ある」のではなく
「べき」を付せられ
檻に入れられたように
整然と窮屈に存在しているのだ


私も
かように
「べき」で修飾された存在だ


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メモ


美しさは
美しいとされる存在のみでは存在しない


美しさは
反応により派生する存在であるから
反応する主体があって初めて
反応する客体に美を感じるという事だ


反応主体が美を創造するのだ


美は被造物という事になる


反応主体が「あるべきもの」として
希求する存在のひとつとして
「うつくしいもの」があるのだ


「美しいものに囲まれて生活したい」
そんな思いは
「あるべきものに囲まれて生活したい」
こんな思いの一側面という事だ


「美しいもの」は
「あるべきもの」の一つの表現だ
すくなくとも
「美しいもの」は
あらかたにおいて
「あるべきでないもの」とは判断されない


「美しいものは
 私の周りにあるべきものでは無い」
これでは悲しい


悲しいことは
通例
あったとしても
「あるべきもの」ではない


友人の訃報に触れた


「べき」を現実に押し付けたくなる
しかしできるものとできないものがある
わかっていても
「べき」を現実に押し付けたくなる


人間の性だろう


人間の住む空間には
今日もまた「べき」が次々と彩りを添えている

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