ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

部分から構成される全体


全体は部分から出いている


植物は根より葉や花が美しい
美しいものだけを集めても
枯れてしまうから
根も大切な部分だ


小説も順風満帆なだけでは面白くない


時代劇も悪代官がいてこそである


楽しい時間もあれば
哀しい時間もある


一日の中に様々な喜怒哀楽が交錯する


いい一日もあれば
わるい一日もあり
これらが集まって一週間がある
さらにはひと月があり一年がある
これらが積み重なり人生がある


今は人生の部分である


風邪をひき
熱が出て
苦しくて
眠れず
いっそ死んだほうが楽だなどと思う夜もあった
けれど

「風邪ごときで何を」と思い返す類の戯言であった


様々な今を積み重ね
積み上げてきたものがある
これからも積み上げてゆくものもあろう


どのような今が
人生の部分としてふさわしいのか?


そんな殊勝なことを
根が枯れたらしく半分枯れたつつじを眺めるにつけ
考えさせられた


私にも根があるのだろうか?
果たして元気な根だろうか?


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メモ


全体の調和を希求して
不都合な部分を削除し
文章が出来上がるとする


不都合な事実を無いものとして
主張を繰り返すものとする


自然科学が事実に忠実であらんとする姿勢に比べ
文学的なものは事実よりも表そうとする世界を大切にする


不都合な事実を強調すれば
「頭が固い」と非難される世界である


不都合な事実を隠さなければならないと考えるのも
頭が固いが
事実ばかりを並べるのも芸がない


部分というものは
全体のために削除できてしまうことがある


そのような
削除される部分にはなりたくないものである


そのために
どこに
どのような根を張るのか


重要な問題ではあるのだろう


ありがとうございます


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