ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

付加価値に囲まれて育つ融和への傾向性


服を着替えると
気分が変る


あの服を着ている自分と
この服を着ている自分は別物だ



素敵な車を乗っている人がいる


最新のスマホを自在に操っている人がいる


私が持っていないものを
持っている人を眺めては
あれを私が手に入れれば
わたしの素敵に変わることができる


そんな幻想を抱くことがある



人さまから見たとき
私の価値は
私の所有物で変わる


これは紛れもない事実に違いない


だから私は
私の所有物により引き上げられ
やがて操られ
動きまる



私は
私の価値を上げるために
努力し続ける


生き物としての素敵な性なのだろう


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メモ


大腸菌のように
様々な価値をむやみに欲しがらず
シンプルに
生きる命もあるが
様々な代替的な価値を並列的に加えこんで
生きる命もある


人間は
後天的に
生き方の選択に幅を持たせてもらっている


その幅の中で
上の方や下の方や
右の方や左の方を
時より眺めては
ため息をついたりする


ぼーっと生きて
叱られても
生きていけるのだから
生命の力は
理性の力が及びようもないほどに頑丈だ


顕微鏡の下で繰り広げられる
細胞たちの力強さや調和を思い起こせば
規制を促す言葉や思いや予定があっても
その通りにならない人間の行動は
自由気ままだ


細胞のような統制力を
理性が獲得できたのならば
社会はきっと
すばらしく
機能的で効率的なものになるのだろう


はたして本能はそれに
耐えられるだろうか?


人間は
どこまで古めかしい本能を投げ捨てて
新しい次元の生き物となることが
できるだろうか?


様々な人工物に囲われながら
野生の本能が飼いならされてくれば
やがて
家畜のように
おとなしい本能が成長し
調和的で功利的な世界が
次第に熟成してくることだろう



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