ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

横柄な正義と優柔な正義


正義にも
色々な性格があって
それぞれの個性を生きている


神経質な正義は
過敏なアレルギー体質かもしれないし
慎重な正義は運動神経が鈍そうで
偏狭な正義はチクチク痛そうだし
凡庸な正義では使い出がなさそうだ


「樫の木と葦」という童話を思い出した
立派でおおきな樫の木が嵐の夜に倒れてしまい
ゆらゆら揺れて
ふだん樫の木から小バカにされていた葦は
嵐をやり過ごした物語だ


正義も威張ってばかりはいられないのだろう
聞く耳を持ち柔軟になることも大切な個性なのだろう


和をもって貴しとなすで有名な十七条の憲法も
そのことを大事さを指摘している
「和睦の心をもって話し合うことが大事だ」
十七条のうち3回もこのようなことが謳われている


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メモ


譲れない正義があり
負けられない戦いがある


スポーツや物語ならば
かっこいいですむけれど
現実で
正義と正義の熱い戦いに巻き込まれたら
なんだか損した気分にさせられる


見て見ぬふりをするのも
そんな打算からだろう


こんな打算とは真逆にある正義は
強い叱咤があってこそ存続できる存在だ


いやいやであっても
統率がとれた応援団の一部に入り
正義を一生懸命に応援する
損な厳格な掟を
人間社会は様々育んでいる
そして
掟を振りかざす者は
掟に従わなっければならず
掟をバカにする者は
掟に泣かなければならない


そんな厳しげな関係のなかで
個々の個人は打算を重ねながら
正義との距離感をはかりつづける


その正義は横柄だろうか?
はたまた優柔だろうか?
守るべきなのか?
そこそこでも大丈夫だろうか?
・・・自分が思うより
   反対側であると
   思っていたほうが無難であろう
   過ぎたるは及ばざるがごとしである

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