ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

社会の意志はどのように存在するのか?


信号機が赤になり
やむなく車を止める
本音を言えば
赤信号でもなんでも
その交差点を走り抜けたい
しかし
信号無視して事故になり
車も壊れ、そこに留まる羽目になるのはもっと嫌だ


このような冷静な思考を
みんなが共有しているので
めったに事故が起こらずに
スムーズな車両交通が実現している


遊園地で
子供たちが
ぶつかりながら
ゴーカートを運転している


無法地帯


それでも
互いに避けてぶつからない様な工夫が見て取れる


秩序の萌芽


個人を超越した社会ルールが存在する
これは個人に身についていなければ機能しない
つまり
個人が所持しているものである
いくら社会的に存在していても
知られていないルールは機能しない


知識の共有により
その知識が
社会に存在し
この存在に基づき秩序化されているようにふるまう


知識は社会に存在する
知識は個人が共有する


この二つの文脈に違いがあるのかないのか
あるとする場その違いは何か


まあ
どちらでもいい
所詮
実物ではなく
一部をかいつまむものでしかない言葉には限度がある


言葉は正確には実物を語り得ない


知覚も現実のつまみ食いしかできないのだから
いわんや言葉をや
である


そんな言葉でも
交通事故を防いでくれているのだから
たいそう重宝な道具である


ーーーーーー
メモ


人間の意識を媒介とした秩序が存在する


夜の高速道路で引かれる無数の光の線は
蛍の乱舞とは違った趣がある


後者に比べ
前者は圧倒的にエントロピーが低い


後者は気体分子のブラウン運動に似て
エントロピーが増加してゆく様子に映る
これに対して
前者は
木星の眼状文様のように
絶えず一定の方向から
エネルギーの流入を得て維持される動的平衡のようだ
エントロピーを下げながら
規則的な文様を継続的に維持している


負のエントロピー大食漢が
負のエントロピーを環境にふりまいているのだ


一つ一つの車のヘッドライトが
一定の意志をもって
同じ動きを繰り返している


遠くから見ると
一つも命のようにも映るはどの見事さだ


統一的動きが高速道路を埋め尽くしている
大きなひとつの意志に従い車が移動しているのだ
中世の修道士ならこの光景を
神の仕業と揶揄することもできるのだろう


しかし
個々の車の運転手は
結構わがままだったりする


おもしろいことだ


ありがとうございます


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