ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

現象と構造:結果から原因を帰納する


赤色の光が
赤色に見えるのは
波長700 nmの光を感知する視神経が
興奮する現象を
「赤色の光が見える」
と表現しているからである


光の検知という生物学的現象と
「赤色に見える」と表現する言語学的現象が
連鎖しながら循環し
赤色の光が
赤色として見えているのだ


ある種の視神経の興奮現象により
「赤」が想起されるという
個体レベルの現象も
「赤色」を共通認識として
熟成している間主観的世界の影響下にある


赤色を定義している間主観的世界も
光を検知するシステムの存在に依拠して
「赤色」を共有しているので
紫外線や赤外線のような
非可視光線を
間主観的な色の表現が不在となっている


紫外線や赤外線の色については
まさしく
ウィトゲンシュタインの
「語り得ぬもの」になっているのだ


生命誕生前から
700nmの光は存在していたであろうし
言語成立前から視神経は存在していたろう


この意味からすれば
因果律の流れは
700nmの光→視神経興奮→言葉表現
という一方方向の流れになるのだろうが
この流れは進化的な原因と結果の流れであり
現時点の実践的運用においては
言語表現を契機として
視神経の興奮を帰納的に想起し
視神経の興奮を契機として
700nmの光の存在を帰納的に想起するシステムが存在し
言語表現→視神経興奮→700nmの光
という逆流が成立している


このような
結果から原因を帰納する現象の連鎖が
循環的構造を創造し
たとえば
「赤色」を「赤色」としてその権威を高めている


はるか昔
カンブリア紀の始まる頃
敵を見つける視神経が発達した


視神経の興奮を
敵の存在と
興奮の原因を帰納して
生き延びる生命が現れた


敵を見れるだけでなく
「敵だ」とその神経興奮を「敵」に帰納しなければ
逃避できない


餌を見れるだけでなく
「餌だ」とその視神経の興奮を「餌」に機能しなければ
捕食できない


「敵」や「餌」に
帰納するために
役立つ視神経がより発達するのが
適応であり
生存競争の成果である


言語活動や
思考は
こうした帰納の連鎖である


帰納できないことに対しては沈黙し
帰納できることを模索し続ける


この模索が続けるられていることで
「赤色」はその権威を保持できているのだ


帰納の意味が減退し
模索されなくなれば
きっと
「赤色」の権威も減退するだろう

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