ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

大同小異なるものの束としての系譜


倭の国
大和の国
日本


国名が変っても
同じ国であるらしい


住んでいる人も違っていても
同じ国である


人間が進化した
新しいホモ属たる人類が
日本に住み着いても
日本であるかもしれない


江戸時代も
明治時代も
平成時代も同じ日本
憲法など変っても
日本であり続けている


憲法が最高法規ではあっても
日本の国にとっては
替えの効く部品のひとつだ


国名だけではない
国民だけでもない
法律だけでもない


国は
領土と民と権力からできているという


ひとつが欠けて別のものに変っても
他のものが維持されていれば
国は存続するのだろう


変りながら存続するのだ


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メモ


古文は
日本語であってもなじみがないから
よくわからないところがある


外国語だといえないから
日本語であり
古文なのだろう


そんな古文であるからなのだろう
一見なじみがあっても別の言葉であることがある
枕草子によく出てくる「いとおかし」もその例だ
「いと」も「おかし」もよく使う日本語だけれど
今と昔では意味は違っている


橋 箸 端
関東と関西ではイントネーションが違っている
でも同じ日本語だ


大同小異なるを同じものとして包むのが
言葉である


微妙に同じでないものも
同じものとしてしか
その言葉では使えない


そこで修飾語が活躍する


何時の時代の国なのか言葉なのか
どこの場所の国なのか言葉なのか
様々に修飾して
同じものを別なものとして細分して表現する


修飾語を多用すれば
同じに扱っているものの別々なものになってゆく


ひとりひとり別の名前を待つ


名前は修飾語を統合した言語ということだろう


私は
どれだけ多くの修飾語を
私の名前の中から分離できるのだろうか?


あの時の私
あの場所の私
あの人というときの私
私自身
様々な私の修飾語を使い分けているようだ


様々な大同小異なるものが多数集まり束となり
存続を承継しながら時を超え系譜を生成している


このように束として系譜的に存在する秩序が
個体であり
種であり
社会であり
文化であったり
言葉であったりする



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