ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

局在と遷移:反応たちの予定調和とその命運


循環する反応は
定式性が高いほど
予定の持続性が長いほど
他の反応との協調性が高いほど
その循環が持続されやすい


こうした
定式性 持続性 協調性が備わり
反応に予定調和が成立している


このような反応の予定調和が
反応が実践され前から予定され
その命運が決まっているのだが
そこに
自足性が絡んでくる


循環する反応が
全て自足していれば
その命運は
その反応主体のできいかんで決まるのだが
他の反応主体次第でその命運が変わることがあるから
自足性が低いと
いくら予定調和が成立していても
その反応は循環せずに消え去ることもある


タンポポはたくさんの種を風に乗せるのだが
その行き着く先は運次第で
海に落ち発芽できない種もたくさんあろう


運よく地上に着地しても
水分が足りなかったり
太陽の光が足りなかったり
土の養分が不適切で
発芽できないこともあろう


人類は自足率を上げようと
社会を発展させてきた


自足率を上げるために
次々と
主体を個人から社会へと移動させてきた


そのかいあって
個人ではなし得ない自足性を
社会として維持できるようになってきた


このような社会による自足性向上の競争により
どの様な社会に生まれるかで
個人の運命が大きく変わる様になってきた


子供の頃
「もっとお金持ちの家に生まれれば楽が出来たのに、、、」
と妄想したことがあった


個人の力では何ともならない自足性の格差が
社会の格差として存在している


世界のニュースを見ながら
日本に生まれてよかったと思うこともあれば
あの国に生まれたかったと思うこともある


自足性の低い部分で
主体が予定している反応の循環が
途切れてしまう可能性があるのだから
局在の持続性にとって自足性は大問題になる


この重大なる自足性にたなびき
個人としての主体は
社会としての主体にひざまずくより仕方がないのだろうか


自足性を高めるために
AIが活躍し始めた


社会の自足性が高まり
定式性が高まると
ワンマン会社や独裁社会のように
自由が減退し多様性が失われる


守られることで失うものがある


わかっていても
守られるために何かを捨てるのが
社会性動物の宿命なのだろうか


ネアンデルタール人は
現代人より自足性の低い社会で
自由に暮らしていたのかもしれません

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