ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

局在と遷移:恋と独我論的平衡


恋は冷静な判断を狂わせるところがある


現実把握よりも
恋の妄想が意識を占めるからに他ならない


恋心には
現実を遠ざけるところがあって
都合の悪い現実と向き合わないところがある


恋の相手の気持ちを知りたいと思うのだが
相手の気持ちを知ることを怖がり
恋を打ち明けられないのも
恋心が
恋を守ろうと
都合の悪い現実と向き合うことを避けるからなのだろう


恋心は
現実をゆがめ
恋にとって都合の良い幻想を
さも現実であるかのように夢想させる


恋の至福のひとときだ


こうして
意識が作り出す恋の幻想が
現実を隔離する


この隔離された独我論的な意識の中で
恋心は都合の良い現実を紡ぎ
恋心を熟成させ
恋のバブルを形成する


大きなバブルに育てば育つほどに
現実は遠ざかり
より一層に遠ざけるべき存在となり
実際
その現実を避けることにより
独我論的な平穏を醸し出す


意識の中のゆがめられた現実が
独我論的平穏をもたらし
トロンとした眼で
白日夢を貪る幸せが訪れる


失恋は
そんな独我論的平穏が
現実により崩壊する過程である


生命の営みは
総じてこのような
独我論的平穏を求める内的反応と
それを受け入れたり
それを拒否したりする環境の相互作用の中に在る


ほとんどのオタマジャクシは
カエルにならずに死んでしまうのだけれど
カエルになれると
妄想しながら生きていよう


無意識かもしれないが
やがて手が出て足がはえると
妄想しながら
手や足のない身体を動かしているのだろう


独りよがりから始まるのだ


独りよがりを
どこまで続けてゆくのか
どこまで続けてゆけるのか
どうすれば続けてゆけるのか


独りよがりがあってこそ
生きる力が湧いて来ようというものだ


恋は独りよがりから始まる


それが怖いのか
好意を見せられると
恋心がなぜか騒ぎ出す


独我論には
外の空気が流れ込む風穴も必要だ


新しい夢想の始まりだ

×

非ログインユーザーとして返信する