ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

局在と遷移:客体の刺激性の遷移


ドラマやマンがは
見始めると
見ないではいられないほど夢中になったりする


しかし
見ないとなると
全くもって見ないでいられる


あんなに夢中になっていたのに
いつの間にか
全くもって興味が湧かなくなるから
不思議なものである


ドラマやマンがは
反応を誘導するように作られた客体であり
視聴者は反応を誘導された主体である


客体の刺激性が
主体により異なるので
見始めると見ずにはいられなくなったり
見なくなれば全く興味の対象外になったりする


神様や仏様も
客体であり
その刺激性は
反応の主体により異なる


いくら素晴らしい神様や仏様の言葉であっても
客体である以上
その刺激性は主体により異なる


名言も
心にしみるときもあれば
何の刺激も与えない時もある


同じ小説でも
読む年齢に応じて
経て来た経験に応じて
読み取ることが異なったものになってゆく


見るという反応
聞くという反応
感じるという反応


様々な反応が
次の反応に影響を与えてゆく


面白いと思えば
次から次へと刺激を求め
次から次へと反応を繰り返し
反応が盛んになり
より大きな局在へと成長し
つまらないと思うと
こうした反応の隆盛は衰え
無に還る


身体機能は反応の隆盛の中で成立している


反応が反応を呼び
反応が隆盛を極め続けているゆえに
生きている


どの様な命にも
刺激性の高い客体を
その内部の奥底に隠し持っているようだ

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